作成者別アーカイブ: ラファエル

父の日

子や孫の運命が順調に進展していくか否かの原因が、
その子や孫にあるのではなく、父親、あるいは祖父の
生き方、考え方、価値感に由来するところが大きい。
子どもが誇れる父親になることです。

 一見不合理なように見えるのですが、
親があって、子があり、子あって孫があるのですから、
たとえ祖父母が、あの世に旅立ったあとであっても、
眼にみえない世界では、ちゃんとつながっているのです。

人間が一代だけで事終るのであれば、
何も無理して親の墓までお参りに行くこともないのですが、
善悪を越えて親の良否に関係なく、親と子は、
見えない運命の糸でつながれていると考えた方がよいのです。

ですから、人の父親になったら、
その生き方や過し方は自分勝手な生き方をしてはいけないのです。
つまりある種の道義的な生き方というものが存在しているということです。

特に子どもの精神的な成長はお父さんにかかっています。
お父さんの考え方や生き方が、
そのまま子どもたちに影響して行くのですから・・・

全国のお父さん、
父の日は「自覚の日」にしてみてください。


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適度に頑固、適度に我慢は美徳

子どもの頃は、我慢強いことが裏目に出ることも多々あるでしょう。
嫌な事もイヤと言わない・・言えない、
欲しいものも欲しいと言わない・・言えない、
自分の中でグッと我慢しちゃうんですね。

算命学では子どもに「自我」を出させることが大切だと言ってます。
周囲に対して意思表示をすることで、
これが出来なくては、
人とのコミュニケーションは取りにくくなりますから。

自我が極端に出るとわがままな人間になりそうな気がしますが、
大人になるにしたがって
理性が自我をコントロール出来るようになりますから、
ある程度の自我の発散は必要になるんです。
多少意見の違いで友達とケンカをするくらいでちょうど良い。

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大人になっても、とても頑固一徹、
人の意見も聞かないような人が結構います。
それは忍耐力とか頑固さがそのまま強くなってしまった人です。
大人になっても自我をコントロール出来ない人だということですね。

適度に頑固、適度に我慢は美徳ですが、
我慢強さも、度を超してくると、
生きて行くのに支障が多くなります。

そのバランスを大人になるまでに身につけることができれば、
我慢強さと臨機応変な対応のできる、
素敵な大人になれるのですが。


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子どもの10年後を想像出来ますか?

子どもの10年後を想像出来ますか?
心も生き方も今より数段レベルアップしているに違いないのです。
大人の成長に比べて、圧倒的にスピードがあります。

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心は日々で成長しているのですから、
身長体重もそうですが、親が追い越される日も
そう遠くはありません。

いや、むしろ親を越えてもらわねば・・
そのためにも、
心を育てるための親の支援は必要です。

一つのことをコツコツと継続させたり、
経験したことの無いことを体験させたり、
体を鍛えたり、食事もそうです。

ひとりでは得られないものを親がサポートする、
15才までは、それが必要です。


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人を騙したり裏切ったり、いじめたりすると・・

人を騙したり裏切ったり、いじめたりすると、
自分の運格(運気のレベル)と霊格(魂のレベル)を下げることになり、
運気の上昇を妨げたり、直接運気が下降します。

あるいは周囲に魂レベルの低い人が集まってきたり、
子孫に問題を残す結果にもつながるのです。

これが魂(気)の法則です。
私も娘には、このことをヤンワリと教えています。
いるんですよ、意地悪をする子や、
言葉遣いの悪い子は・・
そういう子は、結果として、自分に跳ね返ってく。

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自分の良い行いも悪い行いも、
5代に渡って影響します。
自分に直接返って来ることもありますが、
多くは子どもや孫に現象として出ます。

自分に子どもがいなかったら、
兄弟姉妹の子ども達、つまり甥、姪に出ます。
その甥っ子姪っ子もいない場合、
やがて再び生を受ける自分自身に、結局は戻るだけです。

今の子達に、教えたいことです。


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人から助けられる運勢にするには

生まれてから小中学校くらいまでに
どれだけたくさんの人に接したか、
その接し方が多ければ多いほど
「徳人」が出来あがります。
それがその後の人生において
何となく人から助けられる運勢になっていくのです。

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人と接するというのは、
同級生や、友達が多いというだけではなく、
家族や親族のつながり、
近所の人や、社会の中でたくさんの人と接することです。

それが心を育てることになります。

親がなくても、接する人が多い人は
それだけエネルギーをもらえるので、
社会に出てからチカラになります。

ちゃんと親がいても、
接する人が少ない人は、
社会での苦労を乗り越えるチカラが弱いのです。
なので、そういう人は、才能を磨いて、
徳のかわりにチカラにするといいでしょう。


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相手のルールも知る

他人の考え方を尊重することは大切。

自分は自分・・・でもいいけれど、
自分を押しつけたり、周囲を排除したりしてはダメですよね。

私たちが今使っている社会のルールや常識は、
その時々の人達の価値観で作ったもので、
全てが正しいというものではありません。
ましてや自分の考えや知識が
いつでもベストだと思ってはいけません。
相手のルールも知るべきです。

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国家と国家の関係でも、
それぞれの国でルールや考え方が違うので、
良い関係を持ちたければ、双方が相手に対して
敬意を表して接することです。

これは、仕事やご近所といった人間関係でも同じですし、
夫婦間、親子間でも、同じことです。

自分以外の全ての人は、
自分とは価値観が違うという前提でお付き合いすることです。

これを子どもに理解させるために、
親はどんなことを伝えれば良いのか、
それを考えてみてほしい。


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コミュニケーションはバランス

「他人に堂々と自分の意見を主張する」
「反対があっても自分の意志を通す」
自我を出し周囲に対する意思表示は、
人間関係には必要なことです。
馴れ合いや遠慮ばかりでは
良いコミュニケーションとは言えない。
そして最後はバランス。

・:*:・`☆、。・:*:・`★

しかし、子どもの頃は、このバランスが難しい。

自己主張同士が自分の意見を曲げず
ケンカになる・・

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相手の意見に流されてしまい、
やりたくないことをやって後悔する・・

特に後者は、いじめに繋がります。
友達がイジメを扇動して、
ことわれなくて自分も加害者側に加わる・・なんてことがよくあります。

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こうなると、もうコミュニケーション能力というよりも、
友達を選ぶ、そこからの問題ですね。

意見を主張するにも、
思ったまま、感情のまま発言していては、
通るものも通らないし、
批判が強くなることもあります。

言葉を選び、口調は穏やかに、
表情は柔らかく、
内容に合った言葉使いで、
そして思いを込める。

子どもの頃にこれを身につけるのは至難の技ですが、
まずは、自分の意見をハッキリ言うことと、
相手の意見をキチンと聞くこと
そこから始めさせなければなりません。

今は極端な時代で、
自分さえ良ければいいので他人の意見は聞かない・・
仲間はずれが嫌なので、自己主張せずみんなと同じ・・
そういう考え方の人がホントに多い。


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子どもの話をちゃんと聞けてますか?

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子どもの話をちゃんと聞けてますか?

子どもって親の都合や状況は関係なく、話したいときに話しかけて来ます。
「ちょっと待ってて」とか「あとでね」という対応は、ダメな対応なのです。

話したい今、聞いてほしいわけですから、
あとでと言われると冷めてしまうし、
あとまで覚えていないことも多々あります。

「さっきの話って何?」
「ん? 何だけっけ? もういいや」
という感じです。

だから、子どもが話しかけて来たら、
出来る限り、その時、聞いてあげてほしいのです。

一緒にお風呂に入ってゆっくり話が聞ければいいですが、
たとえそれが家事の最中、料理の最中でも、
手を止めてでも聞いてあげる、それがポイントです。

そんなこと言われても、そんな時間は無いとお思いの方、
ならば、作業をしながらでも聞いてあげてください。
ただし、その場合、いいかげんに聞いていると
「おかあさん、聞いてる? 今、私何て言った?」
と、文句を言われるでしょう。

うなずく、相づちを打つ、
これは最低限必要です。
「それで」とか、 「それからどうしたの?」と、
子どもの話に関心と好奇心をもって聞いてあげると、
子どもは喜んで話を続けるでしょう。

やってはいけないのは、
話を途中で遮ること、
あるいは「もう少し簡潔に言いなさい」とか、「もっと早くしゃべって」
といった子どものペースを壊すことです。

最後まで話しきらせてあげてください。

これらのことって、大人でも同じです。
自分が話し立ているとき、「あとでね」と言われたり、
「ふんふん」と聞いているんだかどうだかわからない態度だったら
腹が立つでしょ、子どもも大人も同じなのです。

お子さんの話を、さえぎることなく、最後まで聴くことができる、
そんな親になりたいものです。

余談ですが、大人が子どもの話を聞きたい時、
それが子どもが話したい時と一致するわけではありません。
子どもだって、話したいときと、話したくないときはあるのです。
無理に話をさせても、子どもは楽しくないのです。


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「守り」と「攻撃」

人間は現実の世界で生きるのに
「守り」と「攻撃」の相反するエネルギーを使います。
守りがあって攻めがある、
この二つを上手く使う人が生きやすいのです。
攻撃が強過ぎると敵を作るし、
守りが強過ぎると身動きができない、
全てはバランス。

・:*:・`☆、。・:*:・`★

人間の質というのは複雑で、
守りだけ、攻めだけという人はいません。
守りと攻めのバランスが人によって違います。

守りのエネルギーと攻めのエネルギー、どちらが強いか、
どちらの質が強く前面に出るかで、
他人の印象や評価も違ってきます。

守りながら攻める、
あるいは攻めながら守る、
この二つの質をバランス良く使いこなせる人が、
他人から重宝がられるのです。

守りと攻め、これが人間関係の中では、
周囲の人を守り、積極的に関係を作る、
「仁」と「義」のチカラになるわけです。

・:*:・`☆、。・:*:・`★

子どもの時は、この「守り」と「攻撃」がストレートに出ます。
「守り」が強い子どもはとても頑固に自分の世界を作ります。
その分、動きも遅い。

「攻撃」が強い子どもは、行動が早い分、他人への攻撃になる場合もある、
落ち着きがなくなったり、直情的になることもある、

それらを才能として活かすには、
コントロール出来る心を育てることです。


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親族に変なオジさんは居る?

親族の中に、一人ぐらいは
変わり者といわれるオジさんオバさんがいたと思います。
世間とはだいぶズレているという人、

でも、大抵の人は、
そういう人を通して、世の中を見るのです。
子どもは特にそうです。

なぜその人が変わり者扱いされるのか?
本当にその人の言動は変わっているのか?
変わっているということは悪いことなのか?
自分は同調出来るのか? 出来ないのか?

その線引きを知らず知らず学んでいるのです。

親族だけじゃなくて、近所にも変わったオジさんはいます。
ひょっとすると自分の父母が変わっているかもしれない。

それが世の中というものだと気づくのは、
大人になってからです。

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私にも居ましたね、
東京から私の住んでいる茨城まで自転車で遊びに来ていたオジさん。
60歳を過ぎているのに、夜中走り続けて、朝いきなりやって来る。

私の祖母の弟でしたが、祖母からいつも文句言われてた。
でも、考えたらスゴいことです。
真似出来ない。
私の子どもの頃は、そんな人、ゴロゴロいたような気がする

そういう私も、今ではだいぶ変なオジさんかもしれない(笑)


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